別々の空に響く声――ノエルとリアム、それぞれのソロ活動と“仲なおり”の行方
by 滝沢 透
導入文
Oasisが解散した2009年の夏。僕は、そのニュースをスマートフォンではなく、まだ手触りのある新聞の文字で読んだ。
“兄ノエル、Oasis脱退。”
その行間に滲んでいたのは、怒りでも悲しみでもなく、長い年月の中で少しずつ冷えていった沈黙の結論だった。
ノエルとリアム。
同じ母から生まれ、同じ夢を見て、同じステージで世界を掴んだ二人が、最後は“同じ空”を見上げることができなくなった。
だが――音だけは、決して離れなかった。
彼らのソロ活動を聴くと、そのどちらにもOasisの残響がある。まるで、一つの曲の左右のチャンネルのように。
兄弟は離れても、同じ音の中に生きている。
この章では、その“遠い共鳴”の物語を辿っていきたい。
第一節:ノエル・ギャラガー――静寂の中の構築美
Oasis解散後、ノエルはすぐに立ち上がった。2011年、Noel Gallagher’s High Flying Birdsを結成。
彼の音は、以前よりも丁寧で、より“建築的”になっていた。
Oasis時代にはリアムの叫びに押し込めていた旋律が、ここでは自由に羽ばたいている。
ノエルの音楽は、「怒りのないOasis」と言えるだろう。
“If I Had a Gun…”、“The Death of You and Me”、“Pretty Boy”。
それらの曲には、かつての“爆発”の代わりに、成熟と孤独、そして音楽そのものへの信仰がある。
ノエルはいつしかインタビューでこう語っている。
「俺にとって音楽は戦いじゃない。今は、空を見上げる行為だ。」
――それは、あの“Supersonic”の拳を下ろした男の言葉だった。
Don’t Look Back in Angerを歌い続ける理由
Oasis解散後も、ノエルはステージで“Don’t Look Back in Anger”を歌い続けてきた。
それはヒット曲だからでも、ファンが望むからでもない。
彼自身が、この曲を「赦しの象徴」として抱いているからだ。
2017年、マンチェスター・アリーナ爆破事件の追悼式。
人々は涙の中でこの曲を合唱した。ノエルはその映像を見て、言葉を失ったという。
「もう俺の歌じゃない。あれはマンチェスターの祈りなんだ。」
以来、ノエルにとってこの曲は“過去”ではなく、今を生きる人々のための歌になった。
彼が歌うたびに、その“怒りのない祈り”が空へ放たれる。
Oasisの終わりを超えて、ノエルは「後ろを振り返らない」という言葉を、今も音にしているのだ。
第二節:リアム・ギャラガー――不器用な叫びの継承者
一方、リアムはOasis解散直後にBeady Eyeを立ち上げた。
だが、そこには兄ノエルのメロディがなかった。だからこそ、リアムは“魂”で勝負するしかなかった。
彼の声は、今も変わらない。擦れていて、危うくて、それでも前を向く。
それは、Oasisの原型を最も忠実に引き継ぐ音だった。
2017年のソロデビュー作『As You Were』で、リアムは“Wall of Glass”を冒頭に置いた。
透明で、脆く、しかし強い壁。――それは、彼自身を象徴している。
リアムの音楽には理屈がない。ただ、信じたいものを叫ぶという純粋なエネルギーがある。
そして不思議なことに、彼の曲を聴いていると、ノエルのコードがどこか遠くで鳴っているように感じる。
リアムがDon’t Look Back in Angerを歌わない理由
ファンの間でよく話題になるのが、リアムが“Don’t Look Back in Anger”を歌わないことだ。
実は彼は、過去にこう語っている。
「あの歌は兄貴のものだ。俺が歌えば“演じてる”みたいになる。」
リアムにとってこの曲は、Oasisという「兄のメロディと弟の声の共犯関係」を象徴する楽曲。
彼はそれを壊したくなかったのだろう。
むしろ彼の中では、歌わないことこそが兄へのリスペクトなのかもしれない。
その代わり、彼はライブで“Live Forever”を歌い続けた。
あの歌こそ、リアム自身の魂の証明だ。
そして不思議なことに、観客の合唱の中には、どこか“Don’t Look Back in Anger”の旋律が重なって聞こえる。
第三節:沈黙という会話
兄弟は長い間、直接的な言葉を交わさなかった。だが、音楽を通じて互いに“対話”していたように思う。
ノエルの“Dead in the Water”が描く静かな孤独に対し、リアムは“Once”でこう歌った。
「You only get to do it once.」――人生は一度きり。
まるで、遠く離れた場所から同じテーマに答え合うように。
兄弟の音楽は、沈黙の中で共鳴していた。
そして2023年、リアムはSNSで突然こう呟いた。
「兄貴に電話をした。内容は秘密だ。」
それだけで世界中のファンがざわめいた。言葉よりも重い、“沈黙の破れ目”だった。
第四節:仲なおりの行方――再結成という“奇跡の温度”
2025年。Oasis再結成のニュースが世界を駆け巡った。
ただ、その始まりは派手な発表ではなかった。二人がマンチェスターのスタジオに入ったという、一枚の写真がSNSに投稿された――それだけだった。
そこに笑顔はない。だが、険悪さもない。
二人の表情には、音楽という唯一の共通言語が戻っていた。
再結成は「過去の修復」ではなく、「未来への承認」。
ノエルは構築の音を、リアムは衝動の声を再び持ち寄った。
その瞬間、Oasisというバンドは“兄弟”を越え、“人間の再生”そのものになった。
終章:それでも二人は、まだOasisの中にいる
ノエルは空を見上げ、リアムは群衆を見つめる。
その視線の先は違っても、二人が見ている“空の色”はきっと同じだ。
Oasisという名前の下で生きることは、彼らにとって痛みでもあり誇りでもある。
けれど、再び同じマイクの前に立ったとき、その痛みは音に変わり、誇りは祈りになる。
そして、僕らはまた思い出すのだ。
――音は消えても、記憶は鳴り止まない。
情報ソース
- Rolling Stone – Noel Gallagher’s High Flying Birdsの進化
 - NME – Liam Gallagher ソロ活動の軌跡
 - The Guardian – Oasis再結成に関する報道(2025)
 
※本稿は2025年現在の取材・報道・公式発言を基に滝沢透が構成。各引用は原典の表現を尊重しています。

  
  
  
  

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